小説 昼下がり 第八話 『冬の尋ね人。其の三 』



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『冬の尋ね人。其の三 』平原(ひらばる) 洋次郎
 【血の系譜〔真実への階段〕】
               (三十八)
 「コンコン」と扉を叩く音。
 お手伝いさんが入ってきた。由美と何
やら二言三言。
 啓一はむろん、韓国語は理解できない。
 「啓一さん、お食事の用意ができまし
た。ゆっくりしながらお話しますわ。
 これからが、あなたのお訊きになりた
い核心だと思います。フフフフ…。
 陽子も一緒に食事を頂きましょう」
 啓一は、心に矢を放たれたような気分
に陥った。思わず、心臓のあたりに眼を
移した。
 「啓一さん、あわてなくてもいいのよ。
あなたの心を読み取ったわけではありま
せん。ご心配なく。
 あなたを食べようとは思いません。煮
ても焼いても食えぬ、という言葉があり
ますね。ホホホホ」
 啓一は由美の不可解な言葉に、戸惑い
を覚えた。陽子も差異(さい)を理解した
のか、大きく笑った。
 由美と陽子の明るい笑いに啓一は、安
堵の表情を浮かべた。
 白熱電球の光がやけに眩しかった。

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 夕食は韓式料理。
 テーブル一杯に並べられた、伝統料理
の数々。
 啓一はマッコリを楽しみながら、焼肉
〔カルビ〕を味わった。
 「啓一さん、お寿司を御馳走しようか
と思ったのですが、この界隈では美味し
いものがないの。
 駅前に行けば、日式料理店はあります
が、出前はしてくれないの。職人さんは
日本人じゃないしー」
 由美と陽子はにこやかな表情で、箸を
進めた。
 キムチの香りが食事の華やかさに彩
(いろど)りを添えた。
  三十分も過ぎた頃、旅の疲れもあっ
たのか、部屋の暖かさもあってか、ほん
のりとした気分になった。
 「啓一さん、もう顔が赤くなっていま
すよ。マッコリは飲みすぎると、酔いが
回りますからね。
 あなたが酔わないうちに、核心の部分
をお話しましょうか?」
 由美は、そう云うと、まるで我が息子
(こ)を見るような優しい眼遣(めづか)
いをした。
 外は雪が降り続いていたー

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      (三十九)
 「坂上さんのことまでお話しましたね。
もう一人、秋子の近くで本屋を営んでい
る人は郡山新八といってね、韓国名、姜
一(キョウ・イル)と云います。
 秋子が生まれて間もない頃、夫、勇二
が当時、孤児(みなしご)だった彼を養子
に引き取ったの。七〜八才だったわ。
 きっと、不憫(ふびん)に思ったのね。
 郡山という名は夫の出身地、福島県郡
山から。新八の名は、新撰組二番隊長で、
撃剣(げきけん)師範の〔永倉新八〕より
拝借した、と夫は云ってたわ」
 そう云うと、由美は昔を懐かしむかの
ように眼を細めた。
 「勇二は新八さんに、教育の必要性を
慮(おもんばか)り、ソウルの旧制高等
学校まで行かせました。
 新八さんの、これからの人生に引け目
を感じさせないようにとー。成績は良く、
いつも甲(こう)ばかりでした。
 その頃、夫は、秋子の生まれ故郷の、
このテジョンからソウルへ転属になりま
した。
 卒業後、彼は心に負い目を感じたのか、
下足番いわゆる下男、下働きをしたいと、
夫に申し出たのです

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